GOURMET

有馬のバーカウンターから始まった物語。
"世界No.1バーテンダー"が挑む、一杯の可能性

エクシブ淡路島のバーカウンター

~ヘッドバーテンダー・髙橋裕也さんインタビュー~

バーテンダーの仕事は、単にお酒をつくることではありません。お客様が、その一杯を「記憶に残る体験」に昇華できるよう、所作を整え、空気を整え、グラスを差し出すこと――そう語るのは、エクシブ有馬離宮のヘッドバーテンダー(※取材当時)の髙橋裕也さんです。
ヘッドバーテンダー髙橋裕也グローバルカクテルコンペティション「#HennessyMyWay 2024」で“世界一”
2024年、ヘネシー主催のグローバルカクテルコンペで世界一に輝いた彼が、今新たに抱く思いとは。"ただ美味しい"だけでは終わらせない、一杯の奥に込めた美学と、その根底にあるホテルバーテンダーとしての使命に迫りました。

日本各地への旅を経てホテルバーへ。転機は"一杯を届ける喜び"

バー・ラウンジでカクテルを提供する髙橋さん。有馬離宮に配属されて5年目。未経験からスタートし、今ではホテルの顔としてカウンターに立つ。

「もともとは結婚式場で、ウェディングプランナーとして働いていました。けれど、もっと広い世界を見たいと思って。20代のうちにいろいろな場所へ行って、いろいろな人と出会いたかったんです」(髙橋氏)
そう語るのは、現在エクシブ有馬離宮のヘッドバーテンダーを務める髙橋裕也さん。キャリアの出発点は、東北のブライダル業界でした。その後、自身の"やりたいこと"を探すため、全国のリゾート施設を巡るスタイルへとシフトします。
「いわゆる"リゾートバイト"です。3か月単位で職場が変わる働き方で、北は東北から九州まで、各地のホテルで働きました」(髙橋氏)
そんな日々のなかで、転機となったのが、淡路島のホテルでの経験でした。
「夏の間だけ、ブッフェのバーコーナーでカクテルを提供することになったんです。初めて自分で作ったカクテルをお客様の目の前で出す。その感覚が、本当に面白くて」(髙橋氏)
この体験が、バーテンダーという職業への強い関心につながりました。
やがて「せっかくならお酒に関する資格を」と、ウイスキーエキスパートを取得。そして2020年、リゾートトラストグループに入社します。

世界一を目指して。香りと物語が重なる《ティンクトラ》

世界大会優勝カクテル《ティンクトラ》。枡とグラスを組み合わせ、お香の香りとともに提供される一杯は、髙橋さんの「兵庫県から、世界へ」という想いを体現している。

「正直、最初は"実績がほしい"という気持ちでした。自分がここに立っている意味を、外から評価してもらいたかったんです」(髙橋氏)
2024年、髙橋さんは世界的なブランデーメーカー・ヘネシーが主催するカクテルコンペティション『#HennessyMyWay』に挑戦し、世界一に輝きました。審査は動画による選考と、ロンドンで行われた最終実技審査で行われました。
「英語は得意じゃないので不安もありました。でも、バーテンダーって"その場を楽しめる人"たちなんですよ。片言の日本語で話しかけてくれる人もいて、すぐに打ち解けられましたね」(髙橋氏)
そして、世界の舞台で披露したカクテルが、《ティンクトラ》。賢者の石を意味するその一杯には、地元・兵庫の素材をふんだんに使用したスペシャルカクテルです。
「ほうじ茶、豆茶、山椒…この土地の香りを、世界に届けたいと思ったんです。ローカルな場所で働いているからこそ、ここにしかないものを表現したかった」(髙橋氏)
器に選んだのは、ブランデーグラスと日本の"枡"を組み合わせたユニークなスタイル。中には、お香の煙がたちのぼります。
「もともと、何か"香りの演出"がしたかったんです。香りが重なり、記憶に残るような体験をつくりたくて。締切ギリギリまで悩んだ末に、枡の中でお香を炊くというアイデアにたどり着きました」(髙橋氏)

ちょっとした所作で"期待感"を醸成。ホテルバーだからできること

シェイカーを振る所作やライムピールの香り付け──そんな一瞬一瞬に凝らされた工夫が、ゲストの心に「いつもと違う一杯」を残していく。

髙橋さんが大切にしているのは、味覚だけでなく、五感を通じた体験としての一杯です。
「ホテルバーには、ホテルバーなりの"演出"が必要だと思っています。だから私は、できるだけカクテルをつくる姿をお客様に見ていただきたいんです」(髙橋氏)
たとえばジントニックなら、グラスに氷を入れてから水を捨てる動作、最後にライムの皮をひねって香りを立てる一手間。その所作が、期待感を高める演出になるといいます。
「そのひと動作で"いつもと違う"と気づいてもらえる。『最後、何をされたんですか?』とお客様の好奇心を掻き立てる、そこから始まるバータイムは記憶に残る特別な時間となるはずです。」(髙橋氏)
カクテルは、ただ提供するだけではなく、つくる過程そのものが価値になる。
「中身が同じでも、スマートな動きで仕上げた一杯の方が、お客様においしいと感じていただけると思っています。飲む前の期待感も、味のうちなんです」(髙橋氏)

バーテンダーが世界大会優勝カクテル『ティンクトラ』をお客さんに提供している様子

所作を通じて空気を整える。それは髙橋さんが考えるホテルバーテンダーとしての矜持でもあります。そして、初めてバーを訪れる方への配慮も欠かしません。
「『何が好みですか?』と聞くよりも、『何が苦手ですか?』と聞く方が、スムーズに好みに近づけるんです。たとえばグレープフルーツの苦味が苦手とか、炭酸は控えたいとか、そうした情報の方が役に立ちます」(髙橋氏)
肩の力を抜いて過ごせる空間にしたい。そんな思いが、グラスを磨く手元や一つひとつの動作に、静かに表れています。

バーテンダーが世界大会優勝カクテル『ティンクトラ』をグラスに注いでいる瞬間

2024年、世界一に選ばれたカクテル《ティンクトラ》。その一杯には、地元・兵庫のさまざまなエッセンスと、バーテンダーとしての美意識が込められています。
髙橋さんが目指しているのは、"おいしい"で終わらない体験を届けること。その姿勢は、今や個人にとどまらず、ホテルバーチーム全体の成長にもつながっています。
静かに、丁寧に。エクシブ有馬離宮のカウンターでは、今日もまた、記憶に残る一杯がそっと差し出されています。

2025.6.30