PEOPLE

想像を超える体験が、新たな価値を生み出す――
日本三名泉の有馬温泉から始まるリゾートホテルの未来化計画

エクシブ有馬離宮から望むパティオ

~エクシブ有馬離宮 総支配人・小川貴史氏に聞く~

関西の奥座敷――長らくそう呼ばれてきた兵庫県の有馬温泉に、2021年の開業以来、瀟洒な佇まいで溶け込む会員制リゾートホテル「エクシブ有馬離宮」。
その舵取りを2024年7月から任されているのが、総支配人の小川貴史さんです。
長年にわたり大阪の外資系ラグジュアリーホテルで宿泊部門を統括していた経歴を持つ彼は今、有馬の歴史と共鳴しながら、ホテルの新しい"文化"づくりに取り組んでいます。はたしてその目に映る未来の滞在型リゾートホテルとは――。新緑まぶしい季節に尋ねました。

地域と交わるホテルで、新しいカルチャーをつくる

小川総支配人。多様化する顧客ニーズ、従業員の働き方…日々移ろう時代を見定めながら、新しい滞在型リゾートホテルの在り方を模索している。

「総支配人として着任してから、まだ1年も経っていません。でも、すでにこの場所には、土地に根ざした"空気"のようなものを感じています」(小川氏)
生まれも育ちも神戸という小川総支配人にとって、有馬は身近でありながらも観光地としての顔を持つ場所。今、その地でホテルを預かる立場となり、地域とホテルの融合について日々考えを巡らせています。
「歴史ある温泉地に我々のようなリゾートホテルが加わることは、地域にとっても大きな変化だったと思います。ですが、今では『街の雰囲気が明るくなった』と喜んでくださることもあり、少しずつ地域の中に根づいてきた実感があります。最近では『(エクシブ有馬離宮ができたことで)観光客が増えて良かった!』という声も聞こえてきます」(小川氏)
この地で求められるのは、単なる高級リゾートホテル"の完成度ではありません。
「昔からある"温泉街の人と人との距離感"のようなものを、ホテルでも自然に感じられるようにしたい」。そう語る小川氏は、接客の在り方にも独特の考えを持っています。
「お客様にとっての"第二の我が家"を目指すという言葉はよく聞きますが、ここではもっと近い。親戚に会いに来るくらいの距離感で、リラックスしてお過ごしいただけたらと思っています」(小川氏)

"期待通り"ではなく、"期待以上"のサービスを

パティオから望むエクシブ有馬離宮。有馬温泉西端の高台に厳かに佇むこのリゾートホテルには、訪れるすべての人を非日常へと誘う力に満ちている。

サービスの質は、細部に宿る――。小川総支配人の信念は、日々の接客の積み重ねにこそ表れます。
「たとえば、何かのキャンペーンの特典として、お客様へグラスをプレゼントする機会があったとしますよね。その際、誰にでも同じグラスを渡しているだけでは、印象には残りません。でも、たとえばお誕生日にいらしたお客様のグラスに、その日の日付とお名前が刻まれていたらどうでしょう?同じグラスでも、それだけで特別な記念になると思うんです」(小川氏)
こうした"ちょっとした違い"こそが、ゲストの心に残るサービスへとつながっていく――。小川総支配人は、そうしたプラスアルファの積み重ねこそがホテルの価値を高めるのだと語ります。
「普通のサービスとパーソナルサービスの違いは、想定内か、想定外か。その方の目的や好みにあわせて、少しでも"喜ばれそうなこと"を想像し、先回りすること。それが"また来たい"に変わっていくと思っています」(小川氏)
ただし、それを実現するには、現場全体の理解と文化の共有が欠かせません。
「忙しいと、どうしても"こなすこと"が目的になってしまう。でも、私がいつも伝えているのは、"家族に接するように"という視点です。たとえ作業であっても、その視点ひとつで空気は変わると思っています」(小川氏)

新しい当たり前を、チーム一丸となって作り上げたい

"期待以上"の体験は、現場で交わされる何気ない対話から。立場や役割を超えて、同じ方向を見つめる仲間たちの歩みが、新たなスタンダードを作っていく。

小川総支配人がもうひとつ重視しているのが、エクシブ有馬離宮の働き方改革です。業界全体が長時間労働を前提としがちな中、同館では「一人二役・三役」という柔軟なシフト設計に挑戦しています。
「朝は朝食のサービスをし、その後は客室の清掃を担当。8時間の中で複数の役割をこなすことで、働く時間を短縮できる。もちろん大変な面もありますが、それが"時間の密度"を高めることにもつながります」(小川氏)
「従業員は若い世代ほど、ワークライフバランスを重視します。働きやすい環境がなければ、長くは続きません。だからこそ、スタッフ一人ひとりが無理なく輝ける仕組みを整えていきたいんです」(小川氏)
パート社員を含めると300名を超えるスタッフが、それぞれの役割を柔軟にこなす――それは一朝一夕には成り立ちません。しかし、そこにこそホテルの未来があると小川総支配人は信じています。
「私はこれを『未来化』と呼んでいます。これまでの当たり前を見直して、新しいスタンダードをつくる。その先にあるのは、働く人も、訪れる人も笑顔でいられるホテルの姿です。従業員満足がなければ、お客様満足はありませんからね」(小川氏)

ナプキンやカトラリーが整えられた、食事前のテーブル

「自分たちがつくりあげてきた価値が、お客様に届いた瞬間が一番うれしい」。そう語る小川総支配人の視線は、常に今ではなく"その先"を見据えています。
総支配人とは、いわば「ホテル」という船のキャプテン。自らは舵を取らず帆の上から進路を見定め、チームに舵を託す。だからこそ、常に風を読み、潮流をつかむ必要があるといいます。
期待以上を生み出すホテル、働きやすさを感じられる現場、そして誰かの心に届く瞬間をつくるチーム。そのどれもが欠けることなく前進する限り、エクシブ有馬離宮をリードしていくことでしょう。

2025.6.30