GOURMET

“マンマの味”が教えてくれた、料理人の原点。
地元食材と向き合う、職人としての歩み

シェフ特製のイタリアン料理を美しく盛り付けた写真

エクシブ山中湖「ルッチコーレ」/山中湖サンクチュアリ・ヴィラ「イルコローレ」料理長・中尾崇宏氏インタビュー

山梨県・山中湖東岸の高台に佇むエクシブ山中湖/サンクチュアリ・ヴィラ。そのイタリアンレストラン「ルッチコーレ」と「イルコローレ」で料理長を務めるのが、中尾崇宏(なかお・たかひろ)さんです。
銀座「ファロ資生堂」や本場イタリアでの修行を経て、2018年リゾートトラストへ。芦屋ベイコート倶楽部からの転勤で山中湖に赴任した中尾さんが今、大切にしているのは、素材の力を見極め、丁寧に引き出すこと。
日々、近隣の畑に足を運び、生産者と語らい、最高の旬を一皿に込める――その姿勢の背景には、若き日、イタリアの田舎で出会った“マンマの料理”がありました。

北イタリアの“マンマ”から教わった、飾らない料理

富士山麓の旬を一皿に込めて――「ルッチコーレ」「イルコローレ」料理長・中尾崇宏さん。イタリア仕込みの技と地元農家との対話から生まれる、自然体のイタリアンを届ける。

栃木県出身の中尾さんが料理の道を意識し始めたのは、幼いころのこと。「祖母が作る料理がおいしかったから」と振り返ります。高校は調理科へと進み、卒業と同時に調理師免許を取得。東京で3年間の修業を経て、さらなる学びを求めて単身イタリアへ渡りました。
「最初は星付きレストランに入りましたが、イタリア料理の本質は“マンマの料理”、つまり“おふくろの味”だと気づいたんです。そこから方向転換して、地方の家庭にあるような料理を学びました」(中尾氏)
現地イタリア人シェフの自宅を訪れ、その母親と一緒に台所に立つ。こうして教わった北イタリアの家庭料理はいまでも料理の核になっているといいます。
印象的だったのが、庭で飼っていた鶏をその場で絞めて丸焼きにした料理。イノシシやうさぎといったジビエも身近で、それらが食卓に並ぶまでの一連の過程を肌で体験したことは、料理人としての大きな糧になっています。
「鶏やうさぎ、イノシシも普通に食べていました。日本ではなかなかできない経験でした」(中尾氏)

本当に良い食材は、その地元でしか食べられない

朝、畑で採れたばかりの新鮮な野菜が、料理人の手に渡り、その日のうちに一皿となる。ゲストはいつ来ても最高の旬を味わえる。

帰国後は銀座の「ファロ資生堂」で約10年間勤め、2008年からはミシュラン一つ星を9年連続で獲得。その後リゾートトラストに転職し、芦屋ベイコート倶楽部を経て、2023年にエクシブ山中湖へ。現在は「ルッチコーレ」と「イルコローレ」の2店舗で料理長を務めています。
「東京では全国はもとより、世界中から集まる選りすぐりの食材を扱っていました。でも、本当に良い食材って実はその地元でしか出回らないんです。だったら地方に行って、その土地の“いちばん良いもの”を使いたいと思ったんです」(中尾氏)
山中湖では、少量多品種の栽培を行う農家と直接やりとりしながら、野菜を仕入れる中尾さん。無農薬・有機栽培にこだわった野菜は、流通に乗らない“地元限定”の味。出勤前に農家を巡り、話を聞く――そんな日常が、いまの中尾料理長の仕事の一部になっています。
「今の時期は、真っ黒なナスや太いインゲン、にんじん、オクラなど。朝採れたものをその日のうちに提供できる。このスピード感がいいんです」(中尾氏)
イタリアの田舎で学んだ“食材とともに生きる感覚”が、山中湖の地でも自然と活かされているのです。

6卓だけのレストランだからこそ、すべてに妥協なく

今は「素材を生かして、シンプルに」がポリシー。昔の自分の料理をあらためて見返すと、あまりの違いに自分でも驚くという。

料理長を務めるエクシブ山中湖サンクチュアリ・ヴィラの「イルコローレ」の席数は、個室の6テーブルだけ。だからこそ、すべての料理を妥協なく作れるのが強みだと語る中尾さん。そんな彼が目指しているのは、「同じ食材を使っても、来るたびに違う楽しみを感じてもらえる料理」です。
「以前は必要な食材があれば他所から取り寄せればいいと思っていました。でも今は、無いなら無いなりに、あるものでどうするかを考えるようになった。地元の旬に任せた方が、料理が自然になるんです」(中尾氏)
富士山麓に広がる大自然の中で、季節の移ろいに合わせて野菜が変われば、料理もまた変わっていく。中尾料理長の料理は、そうした“変化のある日常”を味わう楽しさに満ちています。
また、仕入れの現場である畑も、創作の源です。
「家からホテルまでは車で20分の距離。でも、農家さんに寄り道して野菜を見たりしていたら、2時間くらいかかっちゃう(笑)。でもそれも含めて、今が一番楽しい。料理人としてこれ以上ないくらい恵まれていると思います」(中尾氏)
素材と向き合うことに時間をかけられる今の環境は、まさに天職だと語ります。

料理長・中尾祟宏氏

本当においしい料理とは、奇をてらったものではなく、日々の中にある“ちいさな旬”を見つめることから始まる――。
素材とまっすぐに向き合い、山中湖という土地になじみながら、一皿を仕上げていく中尾さんの姿勢には、若き日に学んだ“マンマの料理”の精神が、今も静かに息づいています。
派手さよりも、旬の声に耳を澄ませること。自然の恵みと会話するように料理を組み立てる姿勢は、どこか素朴で、どこまでも誠実です。
イタリアの田舎で育まれた感性と、山中湖の風土との対話から生まれる皿の数々には、ここでしか味わえない物語が宿っています。

2025.7.15

・写真はイメージを含みます。また、撮影当時の情報を基に記事にしており、現在の景観や記事内容と異なる場合がございます。予めご了承ください。