ふらり、有馬。湯けむりに誘われて、わたしの2時間タイムスリップ ~旅好き女子ライターがつづる有馬温泉散策レポート~

どこか懐かしい雰囲気に導かれるままに、路地へと足を向ける。何も決めずに、ただ気の向くままに――。ガイドブックを片手に綿密にプランを立てるのも悪くないけれど、そんなキブン任せの時間もまた旅の醍醐味。
今回、わたしが訪れたのは兵庫県の有馬温泉です。関西人にとってはおなじみの温泉地で、関東の箱根に相当するメジャーな観光スポット。生まれも育ちも関西のわたしですが有馬を訪れるのは十数年ぶり。ほとんど“はじめまして”のような感覚です。
次の取材までの2時間。せっかくなのでスマホも地図も見ずに、気の向くまま歩いてみることに。さて、どんな出会いが待っているのでしょうか。
歴史の香りと新緑に抱かれて。散策は「ねね橋」から



エクシブ有馬離宮から有馬温泉駅方面へ坂を下っていくこと約15分。石畳の路地と木造の建物が連なる街並みが、ふと時間を巻き戻したかのような気分に。温泉街特有の情緒ある雰囲気に包まれながら、歩く速度も自然とゆるやかになります。
そんなわたしを出迎えてくれたのが、太閤秀吉とその妻・ねねの像。そう、有馬温泉はかの豊臣秀吉が生涯にわたり訪れた歴史ある温泉地。糟糠の妻であるねね(=高台院、「おね」とも)と過ごした時間は天下取りに明け暮れる苛烈な人生において貴重な癒しの時間だったに違いありません。
わたしが訪れたのはちょうど新緑がまぶしい季節。ふたりの像の表情も心なしか和らいで見えて、「いい時期に来たわね」と迎え入れてくれているよう。ふと、ねね様と目が合った気がして、なぜか背筋をしゃんと伸ばしてしまいました。
その名も「ねね橋」と名付けられた橋の上からは、静かに流れる有馬川の音と、鳥たちのさえずりが聞こえてきて、思わず深く深呼吸。ひとりで歩いていると、こんなにも周りの音や色に敏感になるのかと、自分でも少し驚きました!
温泉まんじゅうに、炭酸せんべい――素朴な味が新鮮♪



さて、ねね橋を西から東にわたると、そこはもう有馬温泉街の中心地。みやげ店を中心にさまざまなお店が軒を連ねる中、わたしの嗅覚を誘惑してきたのが甘いあんこの香り。ちょうど小腹が空いてきこともあり、通り沿いにあった温泉まんじゅうのお店にふらりと立ち寄ってみることに。
店先には蒸し器があり、ほんのりと立ちのぼる湯気の中から、手渡されたひとつのまんじゅう。両手で受け取ると、ほかほかとあたたかく、紙越しに伝わるやさしい熱。口に含むと、素朴な甘さともちっとした皮の食感が広がり、なんだかほっとしました。
おまんじゅうで小腹を満たしたわたしは、さらに温泉街の奥地へ。迷路のように入り組んだ路地を進むと、人だかりが。「なんだろう?」と近づいてみると、そこは有馬温泉名物「炭酸せんべい」のお店。目の前で焼かれた炭酸せんべいが試食できるということで、わたしも便乗。格子の向こう側から、にこやかに声をかけてくれた店主さんが、焼きたてをひとつ、手渡してくれました。香ばしいにおいを楽しみながら、パリッとひと口。甘じょっぱいタレの風味と、焼きたてならではの軽やかな食感。これはもう、立ち食いせずにはいられません(笑)
湯けむりに、時を忘れて。景色が少しずつ色を変える午後



甘いお菓子で小腹を満たしたわたしの目に、次に飛び込んできたのは「金の湯」と染め抜かれた暖簾。そう、ここは有馬名物“金泉”に日帰りで浸かることができる人気の温泉施設で、建物の外には無料の足湯が開放されています。そんな金の湯では偶然隣り合った外国人観光客としばし談笑。こうした小さな出会いが、旅の思い出をより色濃くしてくれます。
そして、金の湯から坂を上ると現れるのが「有馬天神社」。鳥居をくぐり、石段を上った先に湧き出しているのは「天神泉源」という源泉で、有馬に七つある泉源のひとつ。赤茶けた鉄の塔のような構造物からは今日も湯けむりが立ちのぼり、100℃近い熱を持った源泉の力強さが間近に感じられます。 境内からは、すり鉢状の街並みがぐるりと見渡せて、まるで過去と現在がゆるやかに交錯するような不思議な眺め。時間を巻き戻すようにして歩いてきた散策路の全体が、ここで一幅の絵巻物のようにつながった気がしました。
ふと頬をなでるように吹いた風により、心の奥の引き出しがそっと開かれるような感覚に。小さな旅の中に、思いがけない余韻が残りました。

こうして振り返ってみると、ほんの2時間の街歩きだったとは思えないほど、心に残る風景や出会いがありました。有馬温泉を歩いていると、不思議と時間の感覚がゆるんでいき、過去と現在が溶け合うような錯覚に包まれます。
古くから人々に親しまれてきたこの温泉地は、どこか懐かしく、それでいて初めて訪れたようにみずみずしい。その混ざりあう感覚は、いわば“タイムスリップ”。次はまたひとりでも、あるいは誰かと一緒でも――。この街はきっとまた同じように迎えてくれる、そんな気がします。
・写真はイメージを含みます。また、撮影当時の情報を基に記事にしており、現在の景観や記事内容と異なる場合がございます。予めご了承ください。