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「また帰りたくなる場所」をつくる人 ─「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」総支配人・阿部 泰年の哲学

「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」総支配人・阿部 泰年

コンシェルジュとして長年キャリアを重ね、国内外のゲストに寄り添ってきた阿部 泰年。現在は、「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」の総支配人として、スタッフと共に“記憶に残る滞在”を追求しています。 地元・横浜への深い愛情と、人を何より大切にする哲学。その言葉の一つひとつには、ホテルという空間を単なる「滞在先」ではなく、「また帰りたくなる場所」に変える力が宿っていました。

地元・横浜への愛と、ホテルで体験してほしいこと

夜の横浜の街並み

私は横浜の元町で生まれ育ちました。中区のあたりでずっと暮らしていて、前職で東京のホテルに勤めていた頃も、横浜から通い続けていました。そして今でも、街に愛着を持っています。開港から160年以上の歴史があり、異国文化が自然に溶け込んでいる横浜。歴史ある建築と新しいランドマークが共存するこの街は、「温故知新」という言葉が本当に似合うと思います。

「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」(以下、「ザ・カハラ 横浜」)の総支配人を任されたときも、「この大好きな横浜に何か恩返しができたら」という気持ちがありました。それまで横浜には、いわゆるラグジュアリーホテルと呼べる存在が少なかったので、この場所に「ザ・カハラ・ホテル&リゾート」をつくることは、街の価値を高める意味でも重要なチャレンジだったと思っています。

「カハラ」と聞くとハワイを思い浮かべる方が多いと思いますが、「ザ・カハラ 横浜」はハワイをそのまま持ってきたわけではありません。私たちが目指したのは、“横浜のカハラ”をつくること。たとえばアメニティ一つ取っても、既存のハワイ版とは違う、横浜のためのオリジナルを採用しています。

「ザ・カハラ 横浜」で体験していただきたいことは、何より“人とのふれあい”です。私たちの一番の強みは、ここで働くスタッフ。もちろん施設や設備も大切ですが、最終的にお客様の心に残るのは、人です。ドアマン、ベル、レストランスタッフ、そしてもちろんコンシェルジュ。それだけではありません。バックヤードで働いているスタッフにも本当に素晴らしい人たちがいます。できれば、バックヤードのスタッフとでさえふれあっていただきたいくらいです(笑)。

また帰ってきたくなるホテルの記憶を作りたい

アニバーサリーフラワープレート

「横浜ベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート」は、会員制のホテルです。ご利用のお客様にとっては“行く場所”ではなく、“帰る場所”。第二の自宅のように感じてくださっている方も多いのではないでしょうか。

一方、「ザ・カハラ 横浜」は、多くのお客様にとって初めて訪れるホテルです。だからこそ、私たちが目指しているのは、「また帰ってきたくなる場所」として心に残るホテル。そんなふうに思っていただけるよう、日々のサービスの中で、小さな驚きや感動、“小さなWOW!”を、少しずつ積み重ねていくことを大切にしています。

幸いなことに、「ザ・カハラ 横浜」はアニバーサリーでご利用くださるお客様が多く、現在ではその割合が20%を超えています。お誕生日や結婚記念日、プロポーズなど、人生の節目にお選びいただけることは、ホテルにとって何よりの喜びです。中には、記念日に毎年お越しくださるお客様もいらっしゃいます。

再び訪れてくださったお客様には、エントランスで「おかえりなさいませ」とお声がけしています。たとえば、私たちのバレーサービス(お客様から車の鍵を預かり、スタッフが駐車と出庫の代行を担うこと)においては、一般的なラグジュアリーホテルのように外部委託せず、開業時からずっと自社スタッフで運営しています。万が一、大切なお車を傷つけてしまうリスクはゼロではございませんが、それでもこだわっているのは、ホテルの顔となる玄関口でこそ、ザ・カハラ・ホテル&リゾートの理念を理解しているスタッフが対応すべきだと考えたからです。

お車でいらしたお客様のナンバープレートを確認し、お顔とお名前を一致させて「おかえりなさいませ」とお迎えする。ほんの数秒のやりとりですが、そのひとことに宿る思いが、ホテルへの信頼や愛着につながるのではないかと信じています。

お客様との忘れがたいエピソードも、いくつか心に残っています。あるとき、お客様のお嬢様から「末期がんの父に、何か喜んでもらえることをこのホテルでしたい」というご希望をいただきました。お嬢様はフラダンスを学ばれていたこともあり、「ホテルのロビーで踊る」というアイデアが生まれ、チーフコンシェルジュが私のもとにこんな相談を持ってきたんです。「泰(ヤス)さん、できればロビーで踊らせて差し上げたいんですけど」と。

私はその言葉を聞いた瞬間に「やろう!」と即答しました。もちろん、客室など他のお客様の目に触れない場所で行うこともできたでしょう。でもそのチーフコンシェルジュは、最上階にあるロビーという特別な空間だからこそ、その時間をより特別なものにできると考えていたのです。私は、そんな彼のコンシェルジュとしての姿勢をとても誇らしく思いました。

ご家族がご宿泊した日、最上階のメインロビーで、ホテルのフラチームとお嬢様がフラダンスをご披露。お父様は涙を流して感動されていました。あの光景は、今でも私の心に深く刻まれています。

「逆ピラミッド」型でお客様を迎えるホテルチーム

「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」総支配人・阿部 泰年が話している様子

私は今、総支配人という立場にいますが、自分が一番上に立って指示を出すという感覚はありません。私自身が現場を支える土台でありたいと思っています。いわば“逆ピラミッド”の組織が理想です。

一般的なホテルの組織図では、お客様が最上部にいて、その下にディレクター、マネージャー、そして現場スタッフが続きます。でも、私が目指しているのはその逆です。お客様が一番上にいるのは当然として、そのすぐ下に来るのは、実際にお客様と接している現場のスタッフたち。彼らを支えるのがマネージャーであり、ディレクターであり、そして最後の土台が私です。

私はいつも、スタッフにこう伝えています。「自分より下の人に気を遣う必要はないよ。気を遣うのは、上にいる人たちにだけでいい」。ここで言う“上の人”とは、お客様、そして現場でお客様に直接向き合っているスタッフたちのことです。

なぜこのような考えに至ったのかというと、私はホテルの専門学校を出ておらず、業界に関する知識がない状態からスタートし、先輩方に教わりながら現場で経験を積んできました。職場ではいろいろな人に出会いましたが、中には、上の顔色をうかがうことにばかり気を取られている方もいたのです。でも、私たちは何のためにホテルマンになったのかといえば、それは、お客様を喜ばせるため。だからこそ、自分が上の立場になったとき、「もっとお客様に集中できる環境をつくりたい」と強く思いました。

自分の上司の顔色を気にしながら働くのではなく、「このお客様をどう喜ばせるか」だけに集中できるチームでありたい。そのために、私は下から支える存在であろうと決めたのです。

そしてこの“逆ピラミッド”を実現しようとする中で、ホテル全体を見る総支配人となった自分の役割を考えたとき、やはり私は組織の一番下、つまりピラミッドを支える立場なのだと感じました。縁の下の力持ちとして、支えることに徹していいんじゃないか、と。

一番大切なのは、スタッフが笑顔で、楽しく仕事ができる環境を整えること。今の私の仕事の中心は、まさにそこにあると実感しています。

コンシェルジュへの熱い思いと、日本での地位向上への挑戦

「ザ・カハラ・ホテル&リゾート 横浜」総支配人・阿部 泰年が手振りを交えながら話している様子

これまで長い間、コンシェルジュとしてお客様と向き合ってきました。現在は総支配人という肩書きですが、コンシェルジュという職業に対する思いは今も変わっていません。

「ザ・カハラ 横浜」の総支配人に就任するにあたり、「コンシェルジュ兼任」という選択肢も考えられましたが、それは選びませんでした。なぜなら、コンシェルジュはスペシャリスト中のスペシャリスト。片手間でできる仕事ではありませんし、それは総支配人も同じです。だからこそ、総支配人の職に専念する道を選びました。正直、未練はありましたし、すごく悩みましたけれどね。

「ザ・カハラ 横浜」では、「チーフコンシェルジュの上の役職を作ってください」とお願いしました。というのも、日本ではコンシェルジュの最高位である「チーフコンシェルジュ」ですら、役職上は課長レベルにとどまっているという現状を変えたかったからです。今のままでは、チーフコンシェルジュがさらに上を目指そうと思ってもキャリアパスが用意されていません。結婚や家庭を持つなど人生の転機を迎えたときに、別の道を選ばざるを得ない人も出てきてしまう。実力があるのに、キャリアを途中で断念するしかない――それはあまりにも惜しい。だからこそ、私は現状を変えたいと強く思ったのです。

その結果、「ディレクター・オブ・コンシェルジュ」という部長職に相当する新たなポジションを設けることができました。このような事例が一つの前例となれば、日本でもコンシェルジュを続けやすくなるのではないかと感じています。

その一方で、「コンシェルジュ」という言葉や存在そのものも、少しずつ日本に根づいてきたと感じています。そうした変化は、確実に良い兆しだと思っています。お客様には、「コンシェルジュはホテルの中の相談役」と思っていただけるのが理想です。「今日の夕食どうしようか」「何を食べればいいと思う?」「このエリアで何か楽しめることない?」というような、気軽な相談こそが私たちの出番です。

日本では「こんなこと聞いていいのかな」と遠慮される方もいらっしゃいます。でも、それこそがコンシェルジュの役割。友人に聞くような気持ちで、もっと気軽に話しかけていただけたらと思っています。

コンシェルジュにかぎらず、私たちホテルのスタッフは、お客様から話しかけてもらえるのをいつも楽しみにしています。そして私たち自身も、もっと話しかけたいと思っている。だから、遠慮せずにお声がけください。ここは、そうしたコミュニケーションが自然に生まれるホテルでありたいと願っています。

お客様を迎える笑顔のホテルスタッフ
ナプキンやカトラリーが整えられた、食事前のテーブル
2025.7.7